バンガードの日本撤退から考える、「貯蓄から投資へ」の課題と今後
篠田尚子のファンド愛 7

バンガードの日本撤退から考える、「貯蓄から投資へ」の課題と今後

  • 公開日:2020.09.10

Editor's Eye

世界有数のインデックス運用会社として知られる米バンガード・グループの日本撤退は、多くの業界関係者、個人投資家を驚かせた。その背景には、日本での低コストインデックスによるビジネスの困難さがあったのは間違いないが、そこから日本の資産運用ビジネスのさまざまな課題も見えてくる。「貯蓄から投資へ」を前に進めるには何が必要なのか、ファンドアナリストの篠田尚子氏の指摘に耳を傾けたい。

去る8月27日、世界最大級のインデックス運用会社である米バンガード・グループは、同社の日本拠点での営業活動を段階的に終了し、日本支社を閉鎖する旨発表した。

報道によれば、アジア事業の見直しを進める中で、このたび日本と香港からの撤退を決め、今後は中国本土市場に経営資源を振り向けていくということのようである。2000年の日本支社の設立から20年が経過し、日本でもようやく積立投資が浸透し始めた中での「撤退」の一報は、いささか残念に感じたと同時に、日本における資産形成ビジネスの難しさを痛感した。

ここで今一度バンガード・グループについて解説をしておこう。同社は、1976年に初の個人投資家向けインデックスファンドを売り出した、低コストインデックス運用のパイオニアとも言える運用会社である。創設者である故ジョン・ボーグル氏の強力なカリスマ性とリーダーシップのもと、「長期・分散・低コスト」を合言葉に、これまで400本を超える投資信託やETF(上場投資信託)を世に送り出してきた。グループの総運用資産は6兆米ドルを超え、今もなお世界中の投資家から支持を集め続けている。

日本では、2000年の事業開始以降、ETFを中心に個人向けの商品を展開してきた。そのほか、バンガードのETFや投資信託を活用した国内籍の投資信託も十数本運用されている。例えば、代表格の「セゾン・バンガード・グローバルバランスファンド」(セゾン投信)は、ファンド・オブ・ファンズ形式でバンガードのインデックスファンドを束ねている。また、「楽天・バンガード・ファンド」シリーズ(楽天投信投資顧問)は、米国市場に上場されているバンガードETF®等に投資する形で運用されている。

今回の一報を受け、これら商品の運用に支障が出るのではないかと心配した投資家も多いかもしれない。結論から言うと、現存するETFや投資信託については、現在と変わりなく今後も海外拠点にて運用が継続されるため、心配する必要はない。今回閉鎖が決まった日本拠点のバンガード・インベストメンツ・ジャパンには、元から運用拠点としての機能はなかったため、新規購入や保有商品の売却はもちろんのこと、つみたてNISAやiDeCoを含む投信積立についても影響はない。この点については安心してよいだろう。

しかし、以下の2つの点については、今後日本の投資家に影響が及ぶ可能性が高い。

1点目は、日本の投資家のための日本語による情報提供である。すでにバンガード・インベストメンツ・ジャパンは、同社のウェブサイト、ツイッター、ニュースレターの段階的な閉鎖・提供終了を表明している。

そして2点目は、日本の投資家に向けた新たな商品の展開である。先述した日本国内で展開されているETFや投資信託は、日本支社が国内の投資家のニーズをくみ取り、米国本社との橋渡し役を担っていたからこそ実現できた側面が大きい。今後、バンガード・グループが新たな商品を組成したとしても、日本での展開は現実には難しいとみられる。海外市場に上場するETFであっても、日本で個人投資家向けに商品を展開する場合は、金融庁長官に対して「外国投資信託に関する届出」を行う必要があるためだ。

徹底した低コスト戦略を貫くバンガード・グループにとって、信託報酬という限りある収入をどう効率的に配分し、投資家に還元するかという点は経営戦略上極めて重要なポイントとなる。これは、他の低コストインデックスファンド・ETF供給会社についても同様だ。特に先述した投資家向けの情報提供などは、少々乱暴な言い方になるが、運用会社にとってみればコストとして跳ね返ってくる。言うまでもなく、その一連のコストは信託報酬によって賄われている。

インデックスファンドのように商品間の差異が大きくなく、低コストの商品を提供する場合、運用会社は相応の預かり資産を積み上げていかなければビジネスを存続できない。これは、総預かり資産6兆ドルを超えるバンガードについても同様である。今回のバンガードの日本支社閉鎖は、同社がグループ全体として投資家に「低コストで良質な商品と最良の投資機会の提供」を継続していくための決定である。「日本は見捨てられたのか」との声も一部では聞かれるが、美辞麗句を並べたところで運用を存続できなければ意味がない。インフラとしての超低コストインデックスファンドを提供するということは、つまりそういうことだ。

なお、日本におけるビジネス展開という点では、低コストETF運用大手の米ウィズダムツリーが、2018年にわずか3年で日本拠点を閉鎖したことも記憶に新しい。同社の場合は、長期運用を促したい同社の戦略が、短期売買志向の強い日本のETF市場とマッチしなかったという点が直接の理由であった。

では、日本では今後も「貯蓄から投資へ」の浸透を期待することはできないのか。筆者はそうは思わない。少なくとも、現時点で判断を下すのは時期尚早であろう。何せ日本ではまだ、長期分散積立投資を実践して財を成したという「第一世代」が誕生していないのだ。米国の場合、IRA(個人退職口座)と1980年代に創設された確定拠出年金制度を活用し、長期分散積立投資を実践していたベビーブーマー世代の成功体験が、ミレニアル世代の資産形成を後押ししている側面も大きい。

日本はどうか。確定拠出年金制度は、制度開始から20年の年月を経てようやく加入手続きの完全電子化の見通しが立ったところである。いささか長いロスタイムであったと言わざるを得ない。

ともあれ、ロールモデルのいない日本の若年資産形成層は現在、SNSやスマートフォンを駆使して情報を収集し、自身に合った資産形成の方法を模索している。事実として、ネット証券、さらには、iDeCoやつみたてNISAの口座数は、足元1~2年で急速に伸びている。一方、自国通貨建ての資産に長期分散投資したところで十分な資産を作れないという点に日本特有の課題も残されている。道のりはまだ長い。しかし、バンガードが日本に残した功績は着実に実を結んでいる。

著者

篠田 尚子 楽天証券経済研究所 ファンドアナリスト
篠田 尚子
慶應義塾大学卒業後、国内銀行を経て2006年ロイター・ジャパン入社。傘下の投資信託評価機関リッパーにて、投信業界の分析レポート執筆、評価分析などの業務に従事。2013年、楽天証券経済研究所入所。日本には数少ないファンドアナリストとして、評価分析業務の他、資産形成セミナーの講師も務めるなど投資教育にも積極的に取り組む。近著に『【最新版】本当にお金が増える投資信託は、この10本です。』(SBクリエイティブ)。
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