【渡米エピソード】自由の国・アメリカで待ち受けていた選択の連続
LA在住FPが綴る、金融大国アメリカのリアル 1

福利厚生から税金まで―渡米後に待ち受ける“選択”というハードル

  • 公開日:2020.09.29

Editor's Eye

日本では2000万円問題が口火をつけた格好で、多くの人が自助努力による老後の資産形成に向き合い始めました。一方、アメリカの人々は社会保障や老齢保障において日本人より「国に頼る」という考えは希薄で、自助努力のメンタリティが根付いていると言われています。そんなアメリカに暮らす生活者のお金観や老後観……そうした、統計や論文では描かれない“実際”を知ることは、大いに価値があるのではないでしょうか。そこで在米歴20年・ファイナンシャルプランナーの岩崎淳子さんに“金融大国アメリカのリアル”を連載で書き下ろしていただきます。第1回は選択と自己責任を目の当たりにした、渡米時のエピソードです。

我が家が東京から米国バージニア州に引っ越したのは2000年のことでした。東京の大学で研究者として働いていた夫が、バージニア州の大学にポストを得たのがきっかけです。私はIT市場アナリストの仕事を辞め、2歳半の息子を連れての引っ越しでした。

東京では家賃1万円の公務員宿舎に暮らしていました。共働きで2人分の収入があったことと、贅沢に暮らさなかったこともあって5年ほどで 2500万円の貯金ができ、そのお金と夢を握りしめて太平洋を渡り、アメリカでの新生活をスタートさせました。

アメリカの大学にはテニュア制度※1というものがあって、教員は通常6年をめどにテニュア審査を受けます。これに通れば、その後は大学での半永久的なポジションが約束される反面、もし通らねばその大学を去り、どこか他に仕事を見つけなくてはなりません。これはダブルインカムからシングルインカムになり、子どもを抱えて海を渡った私たち夫婦にとっては大きなリスクでもあり、お金については「職を失ったときにも、大きな負債はない状態で次のステージに移れるように」と考えていたのでした。

※1編集部注:終身在職権。教員の自由な教育研究活動を保障するため、心身に障害を負うなど教育研究活動の継続が不可能になった場合を除いて、終身(定年まで)当該大学の教員としての身分を保障する制度。

そんなわけで「大きな借金はしない」というのが新生活におけるミッションでした。まず家探しです。2000万円の頭金で、780万円のローンを組み2780万円の家を買いました。アメリカの住宅購入時における頭金の比率は10%が目安ですが、私たちの場合は72%。しかしながら、外国人でクレジットヒストリー※2がなかったため、利子は今では考えられないくらい高い9%台でした。利子が高くても、ローン額が少ないので月々の返済は約7万円以下(30年ローン)と、その辺りのアパートの賃料よりも安く済んでいました。

※2編集部注:クレジットカードやローンの利用履歴のこと。ソーシャルセキュリティナンバー(SSN)と紐づけられており、アメリカでのお金に関する信用度の評価につながる。

2500万円のうち2000万円を家に使った後は、400万円で車を2台買い、50万円で家具を買い、残りの50万円を何かのときのために残しておく……という寸法でした。今考えるに、最初に大きな借金をせずに、基本的に現金で必要なものを揃え、生活をスタートできたことは大きな幸いだったと思います。アメリカでは多くの学生が大学に通うために、多額のスチューデントローン※3を抱えて卒業します。それほど多くない給料からローンを返済しながらの生活では、そもそもローンの返済自体が大変なこともあり、返済不能に陥ることもあるうえに、返済はなんとかできても将来の結婚資金や家の頭金などを貯める余裕もないだろうと想像します。負債が免れ得ない場合もあるとは思いますが、投資と同様、取れるリスクに見合った借り方をし、大きな買い物は十分現金を貯めてからする(70%も貯める必要はないのがほとんどですが……)、というのがパーソナルファイナンスの基本ルールだと今でも思っています。

※3編集部注:ニューヨーク連邦準備銀行(Federal Reserve Bank of New York)の「家計負債・信用に関する四半期報告書(Quarterly Report on Household Debt and Credit)」によると、2020年第1四半期のアメリカにおける学資ローン負債総額は1兆5400億ドルにも達する。

さてさて、夫は先のテニュア制度のプレッシャーでハナから頭がいっぱいでした。仕事以外のことは全くと言っていいほど気にかける余裕がありません。結果、それ以外のことはすべて私の担当となりました。まず大きな仕事は、大学のベネフィット・パッケージの理解でした。

ベネフィットというのは福利厚生のことで、リタイアメント積立制度、健康保険、生命保険、所得補償保険、その他税優遇を受けながら利用できるプログラムなどなど、バサッと分厚い文書を渡されました。「それを読んで好きなものを選択するように」とのことです。何もかもが新しいシステム、新しい情報ですから、読んで理解するだけでも大変です。加えて「選択する」というのがさらに大きな問題でした。まず持った感情は“恐怖”でした。人間、よく分からないことを選ぶほど恐ろしいことはありません。。

選択の量もハンパではありませんでした。たとえば、リタイアメント積立制度でも、403(b)という名の、言ってみれば企業の401(k)※4の大学版のようなものと、加えて457という州のリタイアメント制度(その大学は州立大学だったので)も使えます、とあります。さらにいくらずつ積み立てたいか決めて、どちらか一つで運用してもいいし、両方使ってもいいとあります。それを決めると、今度はどこの金融機関を使いますかといって、それぞれ3つくらいの選択肢があります。そして金融機関を選ぶと、その機関が提供している投資運用ファンドが15種くらい出てきて、これを必要に応じて好きなものを選び好きな比率で運用してください、とあります。最後には必ず「将来受け取れる額はあなたの運用成績次第ですから、額の保証はありません」と、ただし書きがあります。その時点で、投資運用というものをしたことがなかった私は(もちろん夫も)、頭の中はただただ真っ白です。

※4編集部注:401(k)とはアメリカの確定拠出型年金制度。雇用主が福利厚生の一部として提供するもので、加入は雇用主を通して行う。掛け金は従業員の給料から、また多くの場合、企業からも従業員の拠出額に応じて一定額拠出される(マッチング・プログラム)。株式や投資信託などの運用方法から従業員が自由に選択して、運用指図を行う。

健康保険にしても同じです。健康保険のプランが5種類くらい提供されていて、それぞれ月々の保険料、診療にかかる基本費用、入院したときに自己負担になる額、さらにはかかることのできるクリニックや病院が異なります。「ニーズに応じて自由に選んで」とありますが、「そう言われても自分のニーズが何なのかもよく分かりません!」と叫びたくなりました。

税金だって大変です。アメリカでは「タックスリターン」と呼ばれる確定申告を皆がすることになっています。それ用のソフトウェアを購入し自分で申告する人もいますし、ちょっと難しい人はお金を払って人にやってもらいますが、とにかく申告の責任は個人にあり、申告が必要なのに遅れたり、しなかったりすると罰金があります。税金は、月々の給料から源泉徴収で納めつつ、最後の申告をしてから不足分を追加で支払ったり、必要以上に納めていた場合はタックスリファンドとして戻してもらいます。その源泉徴収でさえ自動ではなく、自分で適切額を決めなくてはなりません。扶養者の数やその他税控除になる条件などを考え合わせ、自分の源泉徴収レベルを設定するのです。

日本で働いている間、源泉徴収も年末調整も会社で自動的にしてもらい、健康保険も選ぶ必要もなく、しかもその保険はどこの病院に行っても同じように使うことができ、さらに資産運用も皆がしている社内積立をあまり考えもなくしていたくらいの私には、ガツンと頭をハンマーで殴られたくらいの衝撃でした。

その衝撃からなんとか立ち直り、ゆっくりと歩き始め、ひいては「パーソナルファイナンシャルプラナーになろう」という決意に行き着いたわけですが、そのお話はまたゆっくりと。

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著者

岩崎 淳子 ファイナンシャルプランナー
岩崎 淳子
「Smart & Responsible」代表。 マーケティング戦略やアナリスト業務を経験した後、2000年に夫の転職を機に米バージニア州へ移住。子育てをしながら米国公認会計士、パーソナル・ファイナンシャル・スぺシャリトに合格。日本と全く異なるアメリカのシステムに戸惑った経験をベースに、個人向けファイナンシャルプラニングの情報提供サイトを立ち上げる。大金持ちでないからこそのプラニング・バランスのとれた家計システム・人任せにせず自分で考える姿勢をモットーにプラニングサービスを提供中。聖書をこよなく愛するクリスチャン。現在は米カリフォルニア州在住。著書に『お金が勝手に貯まってしまう 最高の家計』(ダイヤモンド社)。

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