「老後2000万円問題」の発端となった報告書、その最新版の内容とは?
金融審議会特別委員・永沢裕美子氏インタビュー【前編】

「老後2000万円問題」の発端となった報告書、その最新版の内容とは?

  • 公開日:2020.10.22

Editor's Eye

金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」が2019年6月に公表した報告書が波紋を呼び、いわゆる「老後2000万円問題」がさまざまなメディアを賑わわせたのは記憶に新しい。結果として、多くの人に資産運用の必要性を認識させる契機になったのも事実だろう。実はこの8月にも新たな報告書が発表されているが、残念ながらこちらはあまり知られていないようだ。そこで、その内容や狙い、さらには市場ワーキング・グループのそもそもの役割などを金融審議会の特別委員である永沢裕美子氏に聞いた。

2019年、多くの人の関心を集めた「老後2000万円問題」の発端となったのは、金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」がまとめた報告書だった。もともと市場ワーキング・グループは国民の安定的な資産形成を支えるべく、国内の金融機関や投資環境を巡る問題について幅広く議論を行うため、2016年に設置された会議体。その設置当初からメンバーを務めた永沢裕美子氏は、次のように振り返る。

「2005年ごろから銀行や郵便局での窓販が本格化するにつれ、高齢者が中身をよく知らずに投資商品を購入し、リーマン・ショックを契機に元本割れが発生、金融機関と顧客がトラブルになるといったことが社会問題になっていました。こうした事態に対し、日本証券業協会が高齢者への販売ルールを設けたものの、その後、高齢顧客を対象とした投資信託の乗り換え営業など金融機関の手数料稼ぎが疑われる事例が相次いで報告されるようになりました。そんな背景を受け、金融機関がより『顧客本位』に変わっていくためには何が必要なのか、議論する場として2016年に市場ワーキング・グループが設置されたのです」。

永沢 裕美子氏

そして、2017年に市場ワーキング・グループから金融庁へ提言した内容を基に公表されたのが「顧客本位の業務運営に関する原則」で、顧客との利益相反の回避や手数料の明確化など、金融機関が取るべき7つの行動原則が示された。それから3年以上が経過した今、確かに金融機関の露骨な手数料稼ぎは鳴りを潜め、顧客本位になった部分もあるが、まだまだ改善されていない部分も少なくないという。

「当時、市場ワーキング・グループの議論の中では、顧客本位の業務運営の項目の一部についてはルール化して金融機関に義務付けるべきだという意見もありました。しかし、顧客の利益を第一に考えるのは当たり前のことであり、まずは金融機関の自主的な取り組みを尊重すべきだという意見が大勢を占め、顧客本位の業務運営が浸透するかどうかを、3年程度は様子見しようという結論に至りました。あくまで原則のみを示し、具体策は金融機関の側が顧客の利益を考慮し、より良い金融商品・サービスの提供を競い合うなど創意工夫をする中で考えるべきだと。ただ、実際に3年経ってみると、確かに金融機関の意識変化は認められますが、収益環境が厳しいこともあって、一部の現場ではその実践が難しいのが実態のようです」。

2019年10月に市場ワーキング・グループが再開され、そうした現状の課題が議論された結果、2020年8月5日に新たな報告書「顧客本位の業務運営の進展に向けて」が公表された。永沢氏は、その趣旨を次のように説明する。「顧客本位の業務運営は、日ごろから顧客と接している販売現場にこそ理解してもらう必要があります。現場レベルで実践してもらうためにも、具体的な案を提示しなければいけないと考えたわけです」。

そこで具体的に提示された案の1つが「重要情報シート」だ。この重要情報シートは商品の特徴や手数料などを、投資信託や保険といった商品の枠を超えて比較しやすくするために、一定の書式を定めて顧客に開示されるもの。銀行や証券会社などの金融商品の販売会社、商品の提供元である運用会社や保険会社などが作成することになる。

報告書にはシートのフォーマットも例示されていて、「金融事業者編」と「個別商品編」の2つに分かれている。金融事業者編は、主に金融商品の販売会社が自社の取扱商品の種類、そのラインアップに対する考え方などを記載する。個別商品編では、商品ごとにリスクと運用実績の他、購入時・運用中に支払う手数料、また運用会社や保険会社との間に資本関係があるかどうかなども記入するようになっている。

「銀行等で資産形成や運用の相談をすると、投資信託だけではなく保険を勧められることも少なくありせん。投資信託と保険で説明資料の様式が異なる点に関して、利殖向けの商品であるならば同じ基準で比較できるよう情報提供してもらわないと、お客さまには分かりにくいという問題意識が市場ワーキング・グループにはありました。そのため重要情報シートの役割は、金融機関の窓口にいらしたお客さまに向けて、投資信託や保険、預金といった法律の枠組みが違う商品に横串を刺すようなかたちで比較できることにあるのです」。

実際に金融機関が使用するときには、最初に重要情報シートの内容に基づいて商品を比較しながら提案を行う。そして商品を絞り込んだ後は、さらに詳しい情報を提供するため、投資信託であれば目論見書などを利用するといった流れがイメージされているという。

ここ数年、金融庁が顧客本位の業務運営を求めてきた中、成果が出た部分はあるものの、「まだまだ課題も多い」と指摘する永沢氏。その解決のために、アウトプットとして出てきたものの1つが重要情報シートだったというわけだ。

もっとも、重要情報シートがあることで個人投資家には結局どのようなメリットがあるのか、やはり気になるところだ。そこで後編では、重要情報シートを利用する恩恵をもう少し深掘りしてみたい。

永沢 裕美子(ながさわ・ゆみこ)氏 Foster Forum 良質な金融商品を育てる会 世話人

東京大学教育学部を卒業後、日興證券(現SMBC日興証券)に入社。アナリスト業務や資産運用業務などに従事後、Citibankに移り、個人投資部の立ち上げを担当。2006年にお茶の水女子大学大学院にて生活経済学を修了。早稲田大学法科大学院にて学び、2012年に法務博士。現在、金融審議会特別委員、国民生活センター紛争解決委員会特別委員、金融庁参事・金融行政モニター委員など幅広く活動している。

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Finasee編集部
金融事情・現場に精通するスタッフ陣が、目に見えない「金融」を見える化し、わかりやすく伝える記事を発信します。

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